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“マッドシャーク事件”はどこまで本当なのか――ロック悪童伝説の典型
#マッドシャーク #ホテル #都市伝説 #グルーピー #噂の核を整理する

レッド・ツェッペリン周辺の下世話な噂で、最も有名なものの一つが、いわゆる“マッドシャーク事件”だ。1969年、シアトルのエッジウォーター・インで起きたとされるこの話は、ロック史の中でもとくに悪趣味で、しかも妙に忘れがたい伝説として生き残っている。ホテルはエリオット湾の上に建つ珍しい構造で、当時は「部屋から釣りができる」ことを売りにしていた。実際、エッジウォーターはそう宣伝していた記録が残っており、事件の舞台設定そのものは荒唐無稽ではない。

噂の核はきわめて単純でホテルでの乱痴気騒ぎの最中、魚が持ち込まれ、そこに性的な悪ふざけが絡んだ――というものだ。だが、そこから先が問題になる。魚だったのか、いわゆる“mud shark”だったのか。レッド・ツェッペリンのメンバーがどこまで関与していたのか。主役は誰だったのか。そこには複数の証言があるのに、細部はまったく一致しない。だからこの話は、事実そのものよりも、食い違う証言によって増幅された“ロック神話”として定着していった。

この話が広く知られるようになったきっかけの一つは、フランク・ザッパ周辺にまで物語が流れ、1971年の『Fillmore East – June 1971』に「The Mud Shark」という形で取り込まれたことだった。同作の解説でも、この曲はシアトルのエッジウォーター・インで、部屋から釣りができるホテルを舞台にした話として紹介されている。つまり、このエピソードは早い段階から“現場の記録”というより、すでに半ばショー化・寸劇化された状態でロック文化の中に流通していた。

さらにややこしくしたのが、後年の証言のズレだ。1980年代に広まった有名なバージョンでは、ロードマネージャーのリチャード・コールが『Hammer of the Gods』で、自分とジョン・ボーナムが魚を捕まえ、そこから異様な展開になったと語った。一方でコール自身はのちに、自分の回想録の中で、広まっている極端な内容の多くを否定している。Classic Rock の検証記事でも、コールは「泣き叫んでいた」「逃げようとしていた」「魚で挿入した」といった流布版は真実ではないと後年述べた一方、そもそも彼自身が誇張癖のある語り手として見られていたため、証言の信頼性そのものが揺らいでいると整理されている。

その一方で、ヴァニラ・ファッジのカーマイン・アピスは、自分は現場にいたとして、また別のバージョンを語っている。Classic Rock の記事では、彼はその場に多くの人がいて、撮影も行われ、少なくとも魚を使った異常な悪ふざけはあったと証言している。ただし彼の話でも、中心にいたのは主にコールらであり、一般に“レッド・ツェッペリン全員がやった”という形で雑にまとめられる伝説とは、少し輪郭が違う。つまり、話が有名になればなるほど、“誰が何をしたか”は単純化され、バンド名だけが巨大に残っていったのだろう。

ここがこの事件のいちばん興味深いところだと思う。マッドシャーク事件は、単に下品だから有名になったわけではない。レッド・ツェッペリンというバンドが、当時すでに“巨大で危険で、常識の外にいる存在”として見られていたからこそ、この話は異常な吸引力を持ったのだ。ホテルの一夜の乱痴気騒ぎが、ただのスキャンダルではなく、“ツェッペリン神話の証拠”として消費されていった。実際には証言が食い違い、魚の種類すら曖昧なのに、話だけはどんどん輪郭を強めていく。その構造自体が、ロックの都市伝説らしい。

しかも厄介なのは、この話が“笑える武勇伝”として長く扱われてきたことだ。1970年代のロック文化には、無茶、放埒、逸脱を“アウトロー性”として消費する空気が確かにあった。Classic Rock の記事も、この話が何十年も読まれ続ける背景に、黄金時代のロックへの妙なノスタルジーと、いわば“guilty reading”の需要があると指摘している。だが、今の感覚で見れば、そこで起きたことを単なる笑い話として片づけるのは難しい。証言がどこまで本当で、どこから誇張なのかは曖昧でも、少なくともこのエピソードが“ロックの自由”の名のもとに正当化される類のものではないことだけは、はっきりしている。

結局、マッドシャーク事件とは、ひとつの明快な真相がある話ではない。ホテルが実在し、部屋から釣りができ、フランク・ザッパの作品にも取り込まれ、当事者を名乗る人々が何十年もバラバラの証言を続けてきた。そこまではかなり確かだ。だが、その夜に何がどこまで行われ、誰が中心だったのかは、今なお霧の中にある。だからこそこの話は、“事実”としてより、“レッド・ツェッペリンという怪物的イメージのまわりにこびりついた、最悪に有名な神話”として生き残っているのだと思う。

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