『狂熱のライブ』でジョン・ポール・ジョーンズが見せる、あのどこか気品があって浮世離れした“王子様のような”場面は、映画全体の中でもかなり異質です。そもそもこの作品自体、1973年7月のマディソン・スクエア・ガーデン公演を軸にしながら、後から追加撮影や補完を重ねて作られたコンサート映画で、ジョーンズの幻想シーンもその独特な構成の一部でした。映画は1976年公開ですが、映像の完成までには撮影のやり直しやスタジオでの補完が入り、かなり継ぎはぎ的な作りになっています。
なんとも不思議で魅惑的なシーンが繰り広げられますが各メンバーの“神話化されたもうひとり”として見ると腑に落ちます。『狂熱のライブ』では「No Quarter」の箇所にジョーンズの幻想パートが置かれていて、作品全体でもこうしたファンタジー挿入はかなり強い印象を残しました。けれど、その部分こそが当時もっとも批判された要素でもあり、後年まで賛否の中心にあり続けました。
面白いのは、ファンがそこに「神秘性」や「王子感」を見出してきた一方で、ジョンジー本人はこの映画をかなり冷静に、むしろ厳しく見ていたことです。後年のインタビューでは、『The Song Remains The Same』は時間が経つにつれて「かなり恥ずかしいものになった」と振り返っており、別の資料ではこの映画を「巨大な compromise(妥協の産物)」とも評されています。つまり本人は、あの夢幻的な場面を“自分の美学が完璧に映像化された名シーン”として誇っていたというより、作品全体の不完全さや時代性ごと引き受けて見ていたようです。
その感覚は、映画制作の舞台裏を知るとさらによく分かります。マディソン・スクエア・ガーデンの3日間を撮ったはずなのに、衣装の連続性が崩れ、必要なカットも足りず、のちにシェパートン・スタジオで補完撮影が行われました。ジョーンズは1997年の回想で、「今日は撮らない」と聞かされて前日の服を温存していたのに、いざステージに立つとカメラが回っていた、といった趣旨のことを語っています。さらに補完撮影時にはすでに髪を短く切っていたため、ウィッグまで着けることになりました。あの“非現実感”は演出だけでなく、こうした制作のちぐはぐさとも無縁ではありません。
それでも、ジョンジーの場面が妙に記憶に残るのは、彼のキャラクターそのものがそこににじんでいるからだと思います。ページの妖術師的なナルシシズム、プラントの英雄譚、ボーナムの家庭的で地に足のついた幸福像に対して、ジョーンズの幻想はもっと静かで、内向きで、言葉少なです。彼はツェッペリンの中で最も多機能で、最も寡黙で、最も“職人”として語られがちな人物ですが、その一方で、あの場面には説明しすぎない上品さがあります。華美なのに騒がしくなく、幻想的なのに芝居がかりすぎてもいない。だから「王子様っぽい」と感じる人が多いのだと思います。これは直接の本人発言ではなく、映画の構成と彼自身の発言から読み取れる印象です。
しかも本人は、映画そのものには距離を置きつつも、ツェッペリンの本当の凄さはやはり“音”にある、と一貫して語っています。2003年のインタビューでは、新しいDVD作品について「そこにいた人でなくても、ツェッペリンの凄みが分かる」という趣旨で話し、『狂熱のライブ』以上にバンドの力が伝わると評価していました。要するにジョーンズにとって重要だったのは、映画的な自己神話より、4人がライブで生み出していた実際のパワーだったのでしょう。
そう考えると、『狂熱のライブ』におけるジョンジーの“王子様のようなシーン”は、本人が積極的に美談化していた場面というより、ツェッペリンという巨大な物語装置の中で、彼だけがまとっていた静かな高貴さが偶然にも映像化された一瞬、と言ったほうが近いかもしれません。本人は照れ気味で、後から見れば不満もあった。けれど観る側はそこに、ロバートの剣でも、ジミーの魔術でもない、ジョン・ポール・ジョーンズにしか出せない気品を見てしまう。あの場面が今も特別なのは、その“本人は少し気恥ずかしい、でもファンには忘れがたい”というズレまで含めて、いかにもジョンジーらしいからです。