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息子カラックの死、『All My Love』、そして終幕へ向かった最後の時代
#ロバートプラント #Karac #家族 #悲劇

レッド・ツェッペリンの歴史を語るとき、
栄光や伝説ばかりが強調されがちです。
けれど彼らの後期には、華やかな物語とは対極にある、深い悲しみが横たわっています。

その中心にあるのが、ロバート・プラントの息子の死です。

時折、誤って「娘」と書かれることがありますが、亡くなったのは**息子のカラック(Karac)**でした。
この出来事は、ロバート・プラント個人にとって決定的な喪失であっただけでなく、
レッド・ツェッペリンというバンドの流れそのものにも、大きな影を落とした出来事でした。

ツアー中に訪れた、あまりにも大きな悲劇

1977年、レッド・ツェッペリンはアメリカ・ツアーの最中にありました。
バンドとしては依然として巨大な存在で、ステージの規模も人気も、まさに頂点級だった時期です。

しかしそのさなか、ロバート・プラントの幼い息子カラックが重い胃腸系の感染症で急逝します。
まだ5歳でした。

この知らせは、プラントに計り知れない衝撃を与えました。

この喪失のあと、レッド・ツェッペリンはしばらく活動を休止します。

もともと1970年代後半のツェッペリンは、
初期のような爆発的上昇だけでなく、各メンバーの疲労や私生活の問題、
環境の変化など、さまざまな重さを抱え始めていた時期でもありました。
そこへプラントの息子の死が重なったことで、
バンドの時間は一度、深く沈み込んだように見えます。

この喪失は、単なる「活動の一時中断」という言葉では収まらない。
むしろ、レッド・ツェッペリン後期の空気を決定づけた心の裂け目だったと言えるかもしれません。

その後年、『All My Love』 がこの喪失と結びつけて語られるようになります。
この曲は1979年のアルバム『In Through the Out Door』に収録されていますが、
ツェッペリンの楽曲の中でもどこか特別な位置にあります。

初期の彼らを象徴するような、神話的で攻撃的で、圧倒的に肉体的なロックとは少し違う。
むしろそこにあるのは、深い喪失を抱えた人間が、それでも愛を言葉にしようとする切実さです。

もちろん、ツェッペリンの楽曲には多義的な解釈がつきものです。
けれど『All My Love』が、カラックを失ったプラントの心情と重ねて受け止められてきたのは、決して不自然ではありません。

レッド・ツェッペリンはこの悲劇のあとも再び動き出し、作品も残し、前へ進もうとしました。
しかし、運命はさらに過酷でした。

息子を失った悲しみから少しずつ立ち上がろうとしていた時期の先で、
今度はジョン・ボーナムが亡くなります。

1980年、アメリカ・ツアー再開へ向けた準備のさなか、
バンドの心臓部とも言うべきボーナムが急死。
この出来事は、レッド・ツェッペリンにとって決定的でした。

プラントの個人的な喪失のあと、
ようやくまた進み始めようとしていた流れそのものが、ここで断ち切られてしまう。
しかもボーナムは、単なるメンバーの一人ではありません。
彼のドラミングはツェッペリンの重量、推進力、野性そのものだった。
彼を失ってなおツアーを続けることは、もはや“同じバンド”としては不可能だったのです。

レッド・ツェッペリンは、ボーナムの死後、別のドラマーを入れて存続する道を選びませんでした。
これは結果として、非常に重い決断でした。

人気だけを考えれば、続ける方法はいくらでもあったはずです。
けれど彼らはそうしなかった。
ボーナムがいないツェッペリンは、レッド・ツェッペリンではない。
そう判断したのです。

この決断は、プラントの息子の死を経た後のバンドの歴史を思うと、なおさら胸に迫ります。
悲しみを抱えながら再起を図り、
それでも最後には、もう取り返しのつかない喪失によって終わらざるを得なかった。
ツェッペリン後期とは、まさに喪失に次ぐ喪失の時代でもありました。

バンドが正式に終わったあと、1982年にリリースされたのが**『CODA』です。
この作品は新たな本格再出発ではなく、
未発表音源などをまとめた、いわばレッド・ツェッペリンという物語の後書き**のようなアルバムでした。

“Coda” は音楽用語で、終結部、締めくくりを意味します。
そのタイトルはあまりにも象徴的です。

もしボーナムが生きていれば、
もしプラントがあの喪失を経験しなければ、
バンドは別の未来を歩んでいたかもしれない。
けれど現実には、ツェッペリンは壮大な本編を終えたあと、
静かに、しかし確かな余韻を残して『CODA』で幕を引きました。

それは華々しいフィナーレではありません。
むしろ、もう続けることのできないバンドが残した、最後の整理であり、最後の挨拶に近い。
だからこそ『CODA』には、独特の寂しさがあります。

C0V15

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